02


採れたての野菜を使った朝餉を遊士と共にとり、御膳を下げれば後は自由だ。

彰吾は膳を厨に運ぶと、そこにいた女中に声をかける。

「悪いんだが、時を見計らって遊士様にお茶を持っていってもらえるか?今日はたぶん自室にいらっしゃると思うが」

「あ、はい!分かりました。彰吾様の分はどちらに…?」

「俺の分は良い。遊士様の分だけ頼む」

「わ、分かりました」

すぃと向けられた生真面目な視線に、女中は薄く頬を染め、慌てて頷き返す。

それじゃぁ頼んだ、と彰吾が厨を出て行った後、厨では女中達が密かに盛り上がっていた。

「はぁ、格好良い…」

「片倉様の縁者でしょう?落ち着きがあって、所作も綺麗よね。細かいことにも気が回って、素敵…」

そう評される彰吾は廊下の角を曲がり、城内の奥へいくらか進んだ先で足を止めた。

「…蒸した手拭いも必要だな。まぁ、それは後で俺が持っていくか」

足を止めた先で、中に気配があることを確認して声をかける。

「小十郎殿、彰吾です。入ってもいいですか?」

「構わんが、どうした?」

スッと障子を横に動かせば、野良着から着物に着替えた小十郎が、机の上に書を広げ、何やら作業をしている所だった。

「お邪魔してしまいましたか?」

「あぁコレか。たいした用じゃない。今まで後回しにしてた案件だ。気にするな」

「そうですか。…これから少し城下に行こうと思ってるんですが何か買ってくる物とかありますか?」

「そうだな…、それなら鍛冶屋に行ってこの前預けた鍬と鎌の様子を聞いてきてくれ。もし出来上がってる様だったら引き上げてきてくれるか?」

「鍬と鎌ですね、分かりました。それじゃぁ俺は少しの間留守にしますので」

小十郎が頷いたのを確認して彰吾は部屋を出る。

その足で厩へ行き、政宗から賜った愛馬に乗って城下へ降りた。






先に自分の用を済ませてしまい、次に小十郎から頼まれた用事を済ませる。
調度出来上がったところだと言う鍬と鎌を引き取り、彰吾が城へと戻った頃には八ツ時を過ぎていた。

畑にいた小十郎に鍛冶屋から受け取った鍬と鎌を渡し、彰吾は厨に寄ってから自室に向かう。
荷物を置いて、隣の部屋にいるだろう遊士に声をかけた。

「遊士様、彰吾です。入りますよ」

「ん〜〜」

案の定中にいたらしく、上の空の様な曖昧な返事が返る。

すっと襖を開ければ、遊士は文机に寄り掛かり、左手で行儀悪く御煎餅を摘まんでいた。
右手には今朝、遊士の枕元に置いてあった紐で綴じられた本が開かれている。

「遊士様」

「おー」

尚も生返事を返す遊士に、彰吾は一つ息を吐き出し、遊士の手にある本を取り上げた。

「あっ!何すんだよ彰吾。今良い所なのに…」

「遊士様」

側に落ちていた栞を本の間に挟み、遊士には厨で用意してきた蒸した手拭いを渡す。反射的に手拭いを受け取った遊士は彰吾が何を言いたいのかすぐに察して罰の悪そうな表情を浮かべた。

「昨夜から左目を酷使しているでしょう?少し休憩を入れてはどうですか」

「…そうだな、つい夢中になっちまって。悪かった」

「いえ、他に何か欲しいものはありますか?」

「ah〜、お茶ぐらいかな」

蒸した手拭いを目にあて、空っぽの湯飲みを左手で振る。
遊士から湯飲みを受け取り彰吾が席を立とうとした時、続けて声をかけられた。

「彰吾、お前も休憩しろよ?御煎餅もお前の分残してあるんだから」

「はい」

一緒にお茶を飲もうと言う遊士の誘いを彰吾は快く受ける。

その後は夕餉になるまで遊士の部屋に留まり、昼の内に政宗と夕餉の約束を交わしたと言う遊士を遅れない様送り出した。

そして、遊士と入れ替わりで小十郎が彰吾の部屋を訪れる。

「彰吾。夕餉一緒にどうだ?遊士様は政宗様に呼ばれていただろう?」

「遊士様は今送り出した所です。小十郎殿の迷惑じゃなければ」

「ふっ…、迷惑なら始めから誘わねぇさ」

決まりだな、と柔和な笑みを浮かべた小十郎に彰吾も表情を緩めて返す。

「それなら俺が小十郎殿の部屋に伺いますよ」

「あぁ」

夕餉の仕度をしている女中に彰吾の膳は小十郎の部屋に運んで貰うよう頼む。

今夜は焼き魚にジャガイモの味噌汁、茄子漬けに白米と…お膳に並ぶ。

焼き魚を箸で解しながら、他に同席者がいないので、少し行儀を崩して二人は他愛ない話をしながら夕餉を食べ進める。

「鍛冶屋の主人が片倉様によろしく伝えといてくれって言ってましたよ」

「そうか。翁は元気そうだったか?」

「えぇ。娘さんも元気すぎる位だって苦笑いしてました。それで今度、お孫さんが祝言を挙げるとかで」

「そりゃめでたいな」

和やかな時はあっという間に過ぎ、部屋の隅に置かれた行灯に火が灯される。
再び彰吾が自室へと帰ってきた時には既に布団が引かれていた。

しかし、彰吾はまだ床にはつかず、文机の前に腰を下ろすと机の上に置いていた書物を手にとる。

ぱらりと表紙を捲り、寝る前の半刻を読書にあてて、彰吾の夜は静かに更けていった。



end.

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